タイ・ビルマ国境の難民キャンプでの活動について
手束 耕治
(シャンティ国際ボランティア会 東京事務所・事務局長)
SVA(前身は「曹洞宗ボランティア会」)の活動は、20年程前、タイに逃れてきたカンボジア難民支援から始まりました。その後、ラオス難民支援へと範囲を広げ、現在もタイ、ラオス、カンボジアを中心に教育・文化支援に取り組んでいます。そして、昨年9月からはタイ・メーサリアンに事務所を構え、新たにビルマ難民支援事業として図書館事業(図書館の運営支援、図書の印刷・出版活動、図書館員の研修など)を開始しました。
チェンマイの南西・山間部に位置するメコンカ・キャンプは、もともと隣接していた2つの難民キャンプが統合したもので、全長8キロにおよぶ急斜面に住居がへばりつくように建っています。現在1万3千人が生活するこのキャンプへの輸送路は、雨季になると水が溢れ、陸路での侵入は難しくなるため、雨季の食糧援助は空輸で行うなどの対応が必要となります。
昨年11月に現地を訪れた際、キャンプ・リーダーから現在も新たな難民が続々と流入していることを聞きました。私が訪れた時も60人ほどがキャンプの外で待っていましたが、キャンプ内の住居も1つの家屋に何世帯かが同居する状況で、これ以上難民を受け入れることはできません。しかし、キャンプ内の難民たちは寝る場所のない新たな難民のために自分たちの配給の食料を分けているそうです。
キャンプは全体が12のセクションに分けられていますが、もう一つ13番目のセクションがあります。ここは学生活動家たちの居住区で、この13セクションを除き、ほぼ全員がカレン族(キリスト教徒と仏教徒が半々)となります。そのため、キャンプ内には教会が各セクションにあるほか、2つのお寺があります。
私たちが支援しているコミュニティー図書館(住民図書館)の設計・建設は難民自身で行いました。私たちは資材を購入する等の支援のみ行い、あとは難民の自主性を高めるためにも難民自身でその土地に一番相応しい建て方の図書館を考え、建設することにしました。また、キャンプの奥行きは非常に長く、端から端まで歩くとゆうに3時間近くかかってしまうので、リーダーと相談し、子どもたちが徒歩で通える範囲に3つのコミュニティー図書館を建てることとしました。
図書館のオープン当日、大勢の子どもたちが集まり大変にぎやかなオープニングとなりました。図書館員が絵本の読み聞かせをし、子どもたちがビルマ語やカレン語に訳された本を手にとりずっと読み続けるなど、図書館活動は和やかな雰囲気の中、活動をつづけています。
そしてもう一つ、昨年現地を訪れた際、大変感銘を受けたことがありました。それは、11月に初めて実施した公式な会議の前に、3つの図書館の図書館員が難民の中から選ばれていたということです。そのため、建物の設計・建設もより多くの協力を得ることができたので、スムーズに作業が進行しました。そして、キャンプ・リーダーはじめ、難民たち自身が非常に教育熱心であることを改めて実感しました。
現在、キャンプには15の学校(小学校10、中学校3、高校2)があり、中学には小学校、高校には小学校や中学校が全て併設されています。そして、ほぼ全員の子どもが通学し、落第・退学率も数%程度となっていますが、学校では英語教育が中心となり、母語であるビルマ語やカレン語の教育が非常に弱くなっております。そのため、すでに海外のNGOの支援を受けて進められてきた学校教育のほかに、学校外活動としてビルマ語やカレン語など母語で読める本を提供する必要がありました。これが、私たちがメコンカ・キャンプで図書館活動を開始した理由でもあります。
そして3月中旬ごろ、バンコクで巡回図書館活動をしていたタイ人スタッフがメコンカ・キャンプを訪れ、小学校で本の読み聞かせや人形劇など巡回図書館活動をしてくれることになりました。普段は静かに礼儀正しく授業を受けている子どもたちが、なんとこの時は雰囲気が一変して、子供らしく楽しそうに活動を楽しんでいました。全てタイ語で話していたにも関わらず、一生懸命見ている子どもたちの姿から、将来的には難民自身でこうした活動を行っていければと思います。
難民問題は、もっと広い視野で考えていかなければならず、私たち自身も難民支援をするだけで自己満足に陥らないよう気をつけなければなりません。カンボジアやラオスの難民キャンプでの活動を通じ、私が感じることは、「難民キャンプに住むことは、それ事態が『緊急事態』なのだから、短期間で終わらなければならない」ということです。5年や10年という時間は「異常な期間がつづいている」ということですから、難民たちにとっては精神的にも非常に厳しい状態を強いられていることになります。そして、希望が見出せない状況というのは、自立できない状態を強いられているということでもあります。
タイ政府は難民がキャンプから外出することや、商売や自給自足といった自立した生活を禁じています。仕方なく外からの配給や援助に頼らなくてはならない生活を5年、10年とつづける難民にとって、身につけていた技術も廃れ、精神も大変な疲労感を帯びてくることは当然です。カンボジアやラオスの難民帰還の際にも母国での自立が困難ではないかということが最も懸念されました。ですから、難民たちのそのような心理を理解し、自立に向けた支援を続けていくことが最も必要ではないかと感じています。そして、カレンやカレンニーの人たちが民族としての誇りを保ちつづけて行けるような活動を支援して行きたいと思っています。
私たちは支援するのであって、与えることではありません。現在、日本人スタッフが技術指導もしていますが、近いうちに難民たちが自主的に運営するようになります。図書館の本はまだまだ少なく、難民たち自身で本を作ることもありますが、子どもも生まれてくるのですから当然のことだと思っています。こうした自分たちの未来に向かって進めていく活動を大切につづけてもらうためにも、私たちは財政的な支援をつづけて行きたいと思います。
以前、カンボジア難民のための図書館活動を実施した際、子どもを集めたばかりに見える活動内容に批判を受けたこともありました。しかし、私たちの作った図書館に毎日、何百人もの子どもたちが来てくれました。私たちの活動を子どもたち自身が評価してくれたわけです。
メコンカ・キャンプの図書館活動は、大変小さな活動であっても難民たちが子どもたちの未来を考え、自信を持ってつづけている活動ですから、これからも支援して行きたいと思います。そして民主化が達成され、難民たちが母国に帰る時には、帰還事業もやりたいと考えています。さらにその先、国の復興と開発の事業にも関わって行きたいと思っています。
難民支援事業は始まりであって、長い目で見たビルマの民主化や国の復興に今後も取り組んでいきたいと思います。
※本稿は、2001年3月30日に実施したPFB例会のテープから起こしたものです。その際、紙面の都合から若干の加筆・修正が加えられております。ご了承ください。(事務局)
|