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2000年女性国際戦犯法廷
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日本軍性奴隷制を裁く2000年「女性国際戦犯法廷」
検事団およびアジア太平洋地域の人々

天皇裕仁ほか、および日本政府

認定の概要

2000年12月12日
判事ガブリエル・カーク・マクドナルド、首席
判事カルメン・マリア・アルヒバイ
判事クリスチーヌ・チンキン
判事ウィリー・ムトゥンガ

沈黙の歴史を破って

1.1990年代初頭、アジアの女性たちは、50年近くにわたる苦痛に満ちた沈黙を破り、アジア太平洋地域で戦争中の1930年代と1945年代に自分やほかの女性たちが日本軍性奴隷制度の下で被った暴虐に対し、謝罪と補償を求める声をあげ始めた。このような被害を受けながら生き延びてきた女性たちは、婉曲にも「慰安婦」と呼ばれてきたが、その勇気ある証言は、アジア太平洋地域全域にわたってさらに何百人もの被害女性たちに声を挙げる勇気を与えた。彼女たちは共に、少なく見積もって20万人の少女や女性たちに日本軍が組織的に行った強かん、性奴隷制、人身売買、拷問、その他の性暴力の恐怖に対し、世界の目を覚まさせてきた。青春と未来とを奪われた彼女たちは、暴力の行使、強制や欺瞞によって徴集され、売買されて、「慰安所」、より正確には性奴隷制施設へと幽閉され、日本軍の駐屯地や前線での生活を余儀なくされたのである。

2. 生き残ってきた女性たちの声に耳を傾けよう。

    処女の亡霊となって死にたくなんかない。

    ムン・ピルギ(韓国)

    私たちは、家に帰っても、泣いているばかりだった。だれに言うこともできない。言えば殺されるから。あまりにも恥だったから深い穴を掘って、そのなかに埋めてしまいました。

    マキシマ・レガラ・デラ・クルーズ(フィリピン)

    私は人生を失い、汚れた女と見なされました。生きていくための手段もなく、仕事もほとんどありませんでした。ひどく苦しみました。次の世代の日本人はその親たちがこんなに酷いことをしたのだと、私の苦しみを知るべきです。

    高寶珠(台湾)

    夫が言いました。「どうせ残り物なら、人間より犬のほうがましだ」と。

    ベレン・アロンソ・サグン(フィリピン)

    生きるために命令に従ったのです。

    廬満妹 (台湾)

    処女だった私。10人の男が私を強かんしました。ひとりが離れるともうひとりが交替するのです。私たちは動物のように扱われました。膣から血が流れ出ました。終わったあと、歩くこともできませんでした。

    スハナ(インドネシア)

    日本が許しをこう事、それを求めます。

    袁竹林(中国)

    私たちがほしいのは正義です。日本の政府が責任を取るよう求めます・・・私たちは真実を言っているのです。嘘を言いに来たのではありません。日本を見物に来たのではありません。私たちは真実を語るためにきたのです。

    エスメラルダ・ボエ(東チモール)

3. 名のり出た被害女性たちの勇気は、近年の性暴力の被害者たちをも力づけ、彼女たちも声を挙げるようになった。人権を擁護する人々や学者たちが世界中で動き出し、正義を求め始めた。その意味で、名のり出た女性たちは、女性の人権尊重というより大きな運動が巻き起こることに貢献し、こうした犯罪の不処罰を終わらせ、戦争や征服には女性の性的虐待がつきものだという観念を糾弾してきたのである。

4. 20世紀のまさに最後に開催された日本軍性奴隷制を裁く2000年「女性国際戦犯法廷」は、被害者(サバイバー)たち自身による、そして彼女たちのための、10年近くにわたる努力の頂点をなす出来事である。この「法廷」は、国家が正義を行う責任を果たすことを怠ってきた結果として設置された。こうした怠慢の責任の第一は、第二次世界大戦の連合国が1946年4月から1948年11月までの極東国際軍事法廷[東京裁判]で、性奴隷制の証拠を保持していたにもかかわらず、このような犯罪に対して日本の責任者たちを訴追しなかったことに求められる。法廷が、ことに国際的に構成された法廷が、このように大規模な組織的残虐行為を無視することができたということは、きわめて不当なことと言わねばならない。しかしながら、最大の責任は、55年以上にわたって訴追も謝罪も行わず、補償などの有効な救済措置をなんら講じてこなかった日本政府にある。こうした政府の怠慢は、被害者たちが1990年以来繰り返してきた要求にも拘わらず、そして2人の国連特別報告者による細心な調査、さらには国際社会の正式な勧告を無視して、いまだに続いているのである。

5. この「法廷」は、生き残ってきた被害者たちの声がこうした不履行によって沈黙させられるのを許してはならない、このような人道に対する罪への責任を曖昧にしてはならないという確信から生まれた。この「法廷」は、女性に対する犯罪、ことに性的犯罪を矮小化、免責し、周縁化し、不明瞭なものとする、これまでの歴史の傾向を正すために設置されたのである。この傾向は、それが非白人の女性に対して行なわれた犯罪である場合にはより顕著である。また、この「法廷」は、勇敢だが苦しみを嘗めている被害者(サバイバー)たちがその人生の終局に当たって何度も繰り返し表明してきたように、女性たちに対して犯された犯罪の責任を認め、しかるべき者に負わせることが、残された年月を彼女たちが安らかに暮らすためには必要だという強い思いから設置されたものである。そこにあるのは、このような残虐行為が二度と起こることのないように、という希望と期待にほかならない。この「法廷」は、罪は個人に帰すのであり集団に帰すのではないという、この重要な原則から外れる意図をなんら持つものではない。

6. この「法廷」は地球市民社会の声によって作られた「民衆法廷」である。この「法廷」の権威は、国家や政府間組織によって生じるものではなく、アジア太平洋地域の、そしてまさに日本が国際法の下で説明責任を負っている、世界中の人々に由来するものである。この「法廷」にはデュー・プロセス(適正法手続き)の保証が欠けている、という者もいるだろう。この「法廷」は、適正法手続きは保証できず、またその意図もない。この「法廷」は国家が残した国際法違反の問題に踏み込むものであって、国家の代わりを務めようとする意図はない。この「法廷」の力は、多くの人権活動がそうであるように、証拠を検証し、歴史に残る記録を作り出す能力にこそ存する。そうすることによって、最大の恥は法的責任を充分に認めず補償救済措置をとらないことにこそある、と日本政府が気づくようにとの希望がそこにはあるのである。

7. この「民衆法廷」は、日本、韓国、フィリピンの代表を長とする国際実行委員会によって生れた。この3人はそれぞれ、1991年から被害者(サバイバー)たちが自らの経験を語り、その声が人々に届くようになるために援助を惜しまず、精力的に活動してきた。彼女たちの目的は、「復讐ではなく正義」であり、「生き残った者たちのためだけではなく、亡くなった人々のため、そして次に来る世代のため」のものである。本「法廷」は2000年12月8日から12日まで東京で開かれた。

8. 国際実行委員会と検事たちが「法廷憲章」を起草し、裁判官たちが承認した。第2条は人道に対する罪に裁判管轄権があると規定し、その罪には性奴隷制、強かん、その他の形態の性暴力、奴隷化、拷問、強制移送、迫害、殺害、殲滅を含むが、それらには限定されないと規定している。第14条で「憲章」は、提出された証拠に基づいて、各被告人が有罪と認められるか、有罪と認められないか、あるいはそのような判決を下すには証拠不十分であるかを、明確に述べる義務を表明している。

9. この「法廷」で行われた発表や起訴状は、東ティモール、インドネシア、日本、マレーシア、オランダ、南北朝鮮(共同提出)、中華人民共和国、フィリピン、そして台湾の法律家である各国検事たちが率いる、立場を越えた集団の協力によって準備されたものである。各国の検事たちは独自にあるいは共同で、2年以上にわたる努力を重ね、この「法廷」を結実させた。これらの各国検事たちに昨年から、2人の首席検事が加わり、その参加によって、この準備過程に国際社会の関心と寄与とが託されることとなった。首席検事が総合起訴状を提出し、これには各国の検事たちも加わった。

10. この「法廷」は、天皇裕仁を含む日本政府と日本軍の高官複数名について、人道に対する罪としての強かんと性奴隷制に不法があるかどうかを決定することが求められている。被告人の何びとも性奴隷制という事態から生じた罪状をかつて一度も問われたことが無い、という事実を強調することは重要である。この点で、この「法廷」は、極東国際軍事法廷、すなわち当初の[東京裁判]が行わなかったことを履行するために開かれている。従ってこの「法廷」は、当時適用可能だった法を適用し、被告人を裁き、関連する[東京裁判]での法律と事実の認定を、確立されたものとして採用することとする。

11. 「2000年女性国際戦犯法廷憲章」はさらに、国際的不法行為から生じる国家責任の不履行に対する裁判管轄権をも定めている。こうして、この「法廷」は、個人の刑事責任と国家責任とをユニークに結びつけている。第4条によれば、国際的不法行為には、これらの犯罪に関する真実を隠したり、究明することを怠ること、訴追や補償を怠ること、個々の人の高潔さ、福利、尊厳を守る手段を講じないこと、差別、再発を防ぐため必要な措置を講じないことが含まれる。

12. 第14条はこの「法廷」が、謝罪、原状回復、損害賠償、リハビリテーションなど、被害者に対する救済措置を取るよう、被告個人や国家による責任に関して勧告する権限を与えている。

13. 日本政府は2000年11月9日付けで、この「法廷」についての通知を受け取り、傍聴と参加の招待を受けたが、招待に応じることはなかった。しかし、本「法廷」では、アミカス・キュリエ(法廷助言者)としての日本人弁護士の議論を聴取し、日本政府がこれまでとってきた立場についてその他の資料も検討した。

14. この「法廷」には64人の被害者(サバイバー)が参加し、自分のためだけでなく、数え切れないほど多くの亡くなった、あるいはいまだに沈黙の生を強いられている少女や女性たちのために正義を求めている。多くが自ら証言し、さらに多数の女性がビデオや宣誓供述書を通じて証言を行った。私たちが耳にしたのは、想像を絶するような最も残酷な仕打ち証言の例であり、人間がどうしてこれほど非人間的になり得るのかという疑問を抱かずにはいられなかった。生存者たちの証言に加えて、この「法廷」では歴史家、法律その他の専門家、さらにはこのような残虐行為に参加した二人の元日本軍兵士の証言も行われた。この「法廷」では、回想録や限られた数ではあるが政府側の公式書類などの文書証拠を受け取った。こうした書類は日本軍による降伏後の書類破壊を免れ、日本政府や連合国政府によって任意に公開されたものである。この「法廷」は、雄弁な証言を行った生存者たちの勇気と尊厳を尊重すると同時に、包括的で有効かつ秩序立った方法で証拠提出を行なった検事団の見事な努力に敬意を表する。またこの「法廷」は、元兵士たちの証言への意志とその誠実さに感謝する。

15. 裁判官たちは、審理が円滑に効率よく運営されるように努力した国際実行委員会、書記官をはじめあらゆる法廷担当者に感謝する。

16. 各裁判官は、人々の集団的意志と、市民社会における法の支配の根本的役割への深い尊敬の念からこの「法廷」に参加している。この「民衆法廷」は、国際法と国内法の要が、法的説明責任にあること、国際法の確立された規範を侵害する政策や行動について個人や国家の責任を問うことである、という確信に基づいている。このような行為を見過ごすことは、その再発を招き、不処罰の文化を維持することになる。この原則は、特に性暴力、ジェンダー暴力という犯罪への責任の問題に当てはまる。

17. 女性に対する性暴力には伝播性があり、戦争時にその頻度と残虐性が増加する。法廷の審理があきらかにしたのは、少女や女性に対する性奴隷の制度化が、日本軍の軍事行動の必要不可欠な一部分を成していたということである。この10年間、旧ユーゴスラビアやルワンダの国際戦犯法廷において、性暴力犯罪が認定され訴追されるというめざましい進歩を遂げてきた。この「法廷」は、不処罰を終結させ、女性の身体的の一体性や人格の尊厳、まさに彼女たちの人間性そのものを無視して恥じない風潮を逆転させるための更なる一歩なのである。

18. 証言を通じて一貫して語られていたのは、性暴力の被害者である女性たちの苦痛が、自らの地域社会に帰った時に人々から拒否されることで一層ひどくなるということであった。その悲劇の責任が彼女たち自身にあると見なす性差別的態度の結果、恥辱に苦しみ、沈黙を強いられてきたのである。この「法廷」が認定した事実は、責任が本当はどこにあるかを明確に認識するのに貢献し、いまだに世界中で支配的な性にかかわる固定観念を変えることに役立つであろう。

19. 以下に述べるのは、裁判中にこの「法廷」が聴取し受理した証拠に基づく事実と法的認定の要旨である。判決は2001年3月8日、国際女性デーに公表される。

予備的事実認定

「慰安婦」制度

20. 最初の軍「慰安所」* は1932年、日本の侵略のあと上海に設置された。「慰安所」制度の構造化は、南京における数々の虐殺、強かん、略奪など、「南京大強かん」として知られる残虐行為の発生に対する、日本政府の対応策として行われた。その結果、日本兵のいるあらゆる場所で日本軍に性的「奉仕」を提供することを女性たに強要するために、その他の複数の性奴隷制施設、また複雑な人身売買ネットワークがつくられていった。こうした施設のため女性たちを徴集し確保することは、戦略の不可欠な一部であり、占領地域での施設外での強かんを減らし、それにより地域住民の抗日運動を抑制し、日本の国際的悪評を回避し、また日本軍兵士を性病から守るというねらいがあったことは明らかである。女性と少女たちは強制または強要され、またしばしば詐欺的甘言によって「徴集」されてこうした施設に入れられた。当局によるまたは当局の容認に基づく徴集でしばしば標的とされたのは、最も貧しい層の女性たちであった。

    * 文書で確認される最初のもの。上海派遣軍参謀副長岡村寧次の回想録。

21. 女性たちの奴隷化には、反復的強かん、身体損傷その他の拷問が含まれていた。 女性たちは、不十分な食糧、水、衛生設備や換気の不足などの非人道的諸環境にも苦しめられた。その状況はすさまじいものであった。ネズミやシラミ、伝染病、汚物に取り巻かれた環境で生きていたことを、女性たちは証言している。殴打、心理的拷問、孤立などの虐待は日常茶飯事であった。強かんの結果としての妊娠、強制中絶、妊娠能力の喪失は、多くの「慰安婦」が体験した苦しみである。女性たちを弱らせてしまうこのような想像を絶する処遇と、日本政府が自国の行なったこうした犯罪を認め、損害賠償その他の方法で償わずにきた結果、勇気ある女性たちのほとんどを、ごく最近まで、恥と孤立と貧困と残酷な苦痛の生活に追いやってきたのである。

法的認定

人道に対する罪

22. 検察団は、天皇裕仁その他の日本軍・政府高官を、第二次大戦中日本軍が征服したアジア太平洋地域諸国の女性たちの強かんと性奴隷制を是認し、黙認し、防止しなかった責任について、人道に対する罪で起訴している。検察団による膨大な文書証拠および証人証言の受理から予備的事実認定発表までの時間が短いため、裁判官は、中核の被告人・天皇裕仁の、強かんと「慰安婦」と呼ばれる軍性奴隷制の制度についての責任の評価に焦点をあてることにした。その他の被告人に関しては、2001年3月8日に発表予定の最終判決まで認定の発表を延期する。我々がこれを正義の精神に基づいて行うことを、被害女性(サバイバー)、検察官、またアジア太平洋地域の人々が理解することを信じている。

23. それゆえ我々は、1945年当時の法と、検察団が提出した物や主張したこと、さらに、筆舌に尽くし難いこの暴力が1945年当時までの法では犯罪とみなされていなかったとする日本政府の主張を細心に検討した。我々の認定では、人道に対する罪----侵害行為の中でも最もすさまじいものの一つ----は、戦後の各法廷で訴追されるべきであったものであり、また、現在適切に訴追されるべきであった。さらに我々の認定では、強かんと性奴隷制は、広範囲、組織的、または大規模に行われた際には、人道に対する罪を構成する。1945年までに、強かんと奴隷化の両方ともが国際法のもとで極 悪な犯罪として長く認められていた。性奴隷制は新しく犯罪とされたものではなく、むしろ奴隷化の特に残虐極まる、侵略的で破壊的な形態である。奴隷化とは「人に対して所有権に伴う権能の一部または全部を行使する」ことと定義されている。奴隷化には、強制的または詐欺による移送、強制労働その他の人間を所有物として扱うことが含まれる。「慰安婦」たちを軍需「物資」の一部として徴発したことは、今日の世界でもあまりにも広く見られる女性差別・人種差別的態度に根ざす性奴隷制が、主としてアジア太平洋地域の貧しい非・日本人の女性に向けられつつ前例の ない規模で制度化されたことを示している。

24. この「法廷」に提出された証拠の検討に基づき、裁判官は天皇裕仁を人道に対する罪について刑事責任があると認定する。そもそも天皇裕仁は陸海軍の大元帥であり、自身の配下にある者が国際法に従って性暴力をはたらくことをやめさせる責任と権力を持っていた。天皇裕仁は単なる傀儡ではなく、むしろ戦争の拡大に伴い、最終的に意思決定する権限を行使した。さらに裁判官の認定では、天皇裕仁は自分の軍隊が「南京大強かん」中に強かんなどの性暴力を含む残虐行為を犯していることを認識していた。この行為が、国際的悪評を招き、また征服された人々を鎮圧するという彼の目的を妨げるものとなっていたからである。強かんを防ぐため必要な、実質的な制裁、捜査や処罰などあらゆる手段をとるのではなく、むしろ「慰安所」制度の継続的拡大を通じて強かんと性奴隷制を永続的させ隠匿する膨大な努力を、故意に承認し、または少なくとも不注意に許可したのである。さらに我々の認定するところでは、天皇は、これほどの規模の制度は自然に生じるものではないと知っていた、または知るべきであったのである。

国家責任

25. 一般的国際法のもとでは、国家は、国家の行為に帰因し、かつ他者の正当な利益を害するすべての不法行為について国際法上の責任がある。国家が国際的不法行為を犯すとは、国際法の適用可能な規範に違反する行為を行うことである。日本国家は条約に基づく責務と国際慣習法に基づく責務の両方に違反する行為をしてきた。ある行為が、国家の国際的責務に違反する行為である場合、国内法では合法と認められていても、それによって国際法のもとでも合法とは認められない。

26. 国家の機関または代理人による行為は国際法ではその国家の行為とみなされる。その機関が選挙人、立法、行政、司法その他のどの権力に所属するものであるか、その機関の機能が国際的な性質のものであるか、国家機構の中でそれが上部機関であるか下部機関であるかなどには関わらない。軍隊は国家の機関である。国家は、自国の領域内だけで行われる不法行為や不作為だけでなく、自己の機関、代理人、官僚、被雇用者などが自国の領域外で行う不法行為についても責任を負う。

27. 日本が違反した条約上の責務には、1907年の「陸戦ノ法規慣例ニ関スル」ハーグ条約、1921年の「婦人及児童ノ売買禁止ニ関スル国際条約」、1930年のILO「強制労働禁止条約」などがある。日本はまた国ロ慣習法の規範にも違反しており、1907年のハーグ条約や1926年の奴隷条約の中で表現された国際慣習法の規範への違反が含まれる*。さらに、1951年のサンフランシスコ講和条約で、日本は極東国際軍事裁法廷[東京裁判]の諸判決を受け入れたのである。

    * この条約に日本は加盟していないが、この条約は当時の国際慣習法で確立した規範を明文化したものとされる。国際慣習法の規範は条約の加盟の有無とは関わりなくすべての国家におよぶ

28. 日本国家が第二次大戦終結にあたって「慰安婦」をそれぞれの国に帰還させることを 怠ったことは、ハーグ規則* の直接の違反にあたる。

    *前述「ハーグ陸戦条約」(1907)付帯規則。この二つをあわせて「ハーグ陸戦法規」と称することが多い。

29. 第二次大戦後、日本は多くの条約に署名してきた。これにはサンフランシスコ講和条約、日本・オランダ協定、日比賠償協定、「日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約」、「財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定」などがある。この「法廷」は、これらの平和条約は「慰安婦」問題には適用されないと認定する。条約によってであっても、個々の国家が人道に対する罪についての他の国家の責任を免ずることはできないからである。

30. 「法廷」は、諸平和条約には本質的なジェンダー偏向が存在するという主席検察の主張は、納得できるものだ、と認定する。「法廷」は、個人としてであれ集団としてであれ、諸平和条約終結時の女性が男性と平等な発言権も地位も持っていなかった点に留意する。まさにこのために、平和条約締結時、軍の性奴隷制と強かんの問題は何の対応もなく放置され、条約の交渉や最終的合意に何の役割もなかったのである。「法廷」は、国際的な平和交渉過程がこのようにジェンダー認識を欠いたまま行われることは、武力紛争下で女性に対して犯される犯罪が処罰されないという、いまも続く不処罰の文化を助長するものと認識する。

補償

「兵士たちのことを思い出すと今でもふるえてしまう。彼らは、わたしたちの前にひざをついてどうか許してくれと懇願しなくてはならない/何度も何度もあやまらなくてはならない」

----朝鮮半島の被害者(サバイバー)

31. 被害者(サバイバー)の証言は、日本政府が自己の基本的な法的責任を実行するのを怠ったことが、女性たちをいかに苦しめ続けてきたか、秘密を守ることと自分を恥じる感覚をいかに女性たちに強要し続けてきたかを明らかにした。日本政府が50年以上にわたって、補償は「適切、効果的、迅速でなくてはならない」という原則を侵害してきたことに、我々は注目する。

32. 日本政府の賠償を行う責任を検証するにあたって、我々は昔から国際法の原則となってきた「国家は、自己が犯した国際法上の違法行為について、救済措置を提供しなくてはならない」点に目を向ける。国家の責任とは、損害賠償、原状回復、社会復帰、満足と再発防止の保証を提供することである。賠償には上記のうち、個別の状況によってそのいずれか、あるいは全ての形態のものを含み、被害者が受けた全ての被害に対応するものでなくてはならない。

33. これまでの歴代の日本政府は、今日にいたるまで、その不法行為を認める義務に違反し続けている。検察団および被害証人たちは、意味のある謝罪の重要性を強調した。すなわち、不法行為を十分に認め、法的責任を明確に受け入れた上での謝罪である。しかし我々は、日本政府の公式の立場が、当初の罪状を明白にするような文書の破棄から沈黙へ、軍の関与を否定する見え透いた虚偽の主張、国際的責務に従わない部分的「謝罪」へと変遷してきたと認定する。日本国家が不法行為を十分に認めることに、意図的に抵抗していることが、恥と沈黙を継続させ、生存者たちに言い尽くせぬ苦悩を与え、彼女たちが心安らかに生きる可能性を奪い続けてきた。

34. 不法行為を不法行為として認める責務があるのと同時に適切な公的歴史記録をつくり、将来の世代にこうした残虐行為が二度と繰り返されないようにする必要がある。「法廷」の認定では、日本政府には現在の日本人や将来の世代を教育しようとする努力が全く見られない。

35. 被害者(サバイバー)と相談しながら積極的な手段をとって、女性たちの尊厳が回復していると社会の目にわかるようにする義務が日本政府にはある。さらに必要なのは、当時の暴力と奴隷化から今にいたる侵害行為の結果生じた物理的・心理的で「経済的に算定可能なあらゆる損害」について、日本政府が損害賠償を行うことである。国際法の下では、損害賠償は政府が行わなくてはならず、物質的な被害、失われた機会、被害者本人や家族、近しい人々が被った苦痛の気持ちなどに適切に見合うものでなくてはならない。「法廷」の認定では、アジア女性基金は証言した女性のほとんどによって激しく拒絶されており、そうした基準を満たすものではない。

36. 「法廷」の認定では、賠償が遅れたことが、女性たちに恥と、怒りと、悲しみと、孤立と、経済的困窮と貧困、健康問題、平安を得られないことなどの苦しみをさらに継続的に強いてきた。こうした深刻な被害もまた、損害賠償の対象である。

37. リハビリテーションのため医療と心理的ケアが必要である。また法的、社会的サービスも必要である。

結論

38. 審理を通じて「法廷」に提出された膨大な文書証拠を検討し、またこれらの犯罪が犯された時点で適用可能な法の検討を行った上で、「法廷」は事実認定の概要を発表した。「最終判決」は2001年3月8日に発表される。

39. 「法廷」は、提出された証拠に基づき、検察団が被告人天皇裕仁について立証したことを認定し、天皇裕仁は、共通 起訴状中の人道に対する罪の訴因1と2である強かんと性奴隷制についての責任で有罪と認定する。また人道に対する罪の訴因3の強かんについても有罪である。さらに裁判官は、日本政府が、「法廷憲章」第4条が述べる意味で、「慰安所」制度の設置と運営について、国家責任を負うと判定する。

40. その他の被告人については、裁判官は、現段階で刑事責任について認定するため「法廷」に提出された膨大な証拠を消化するに足る時間を持たなかった。従って、それらの被告人の個人としてまた上官としての責任については、最終判決により判定されるものとする。

勧告

日本政府に対して

1. 完全で誠実な謝罪を行うこと。「慰安婦」に対し許しを請い、法的責任を認め二度と繰り返さない保障をすること

2. 法的措置をとり、生存者へ補償すること。その金額は加害行為の別に適切なものとすること

3. 適切な情報を出すこと

4. 人的な資源と機構をもって調査を行うこと

5. 生存者の尊厳を回復し、図書館、博物館、碑を建てること

6. 公式、非公式の教育制度を確立すること。教科書に記述すること。奨学金を保障し、若者に不法行為の事実を伝えること

7. 性の平等性を確立すること

元連合国に対して

8. 東京極東裁判で昭和天皇が訴追されなかった理由を述べ、全ての文書を公開すること

国連に対して

9. 必要な方策を講じ、日本政府が補償することを勧告すること

[VAWW-NET Japan による訳・無断転載禁止]
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