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岩波『世界』掲載長谷部論文宛抗議声明
NHKの問題は「制度」の問題ではない


NHKの問題は「制度」の問題ではない
ーNHK裁判原告の立場からー

 「世界」7月号において「NHKの問題の本質は制度問題である」という長谷部恭男氏の論文が発表されました。この中で長谷部氏は「政治家のメディア介入といわれるものは現在の制度がある以上やむを得ないもの」と書いています。これはメディアに対する政治介入という問題の本質を制度問題にすりかえており、メディアと政治との癒着を市民・視聴者の立場として容認しています。また、長谷部論文では、NHK番組改ざん問題を「制度の問題」として捉えることによりNHKの責任を免責し、問題を曖昧にしようとしているNHKの姿勢を擁護する結果となっています。私たちはNHKの政治介入を許す体質を正し、市民の知る権利や報道現場の表現の自由を守るために闘ってきましたので、長谷部氏の論文には怒りと同時に危機感さえ感じました。

 長谷部氏はNHK予算の「国会承認」が必要な現在の制度上、「各党のキーパーソンとなる政治家」に「事前に説明に行くのは自然なこと」と述べています。そしてそれは、商品にすぎない民法の番組とは異なり、「視聴者のニーズに細やかに応えるためであり」、その結果として「視聴者の選好の中間点に向かって画一化する」傾向が生じるのは当然としています。

 私たちは、NHKが事前に説明に行くこと自体、自ら「放送の自律」を手放す行為であると考えています。その上、NHKが説明に行ったのは長谷部氏の言う「各党のキーパーソン」ではなく、自民党のしかも「慰安婦」問題を否定する「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」の幹部議員中心でした。長谷部氏の言う「視聴者のニーズ」の「視聴者」とはこれらの特別な国家議員の要求に「細やかに応えるために」改ざんが行われたということになります。番組改へんは「中間点の画一化」ではなく「内容趣旨の変更」です。

 そもそもNHKに割り当てられている国会の予算とは市民の税金であり、受信料もまた、市民が支払っているものです。上記の国家議員の声があたかも「国民の代表の声」かのように特別に扱われ、深い関係を常態化させていることと、「制度」の問題とは別な問題ではないでしょうか。国会議員はNHKに広告料を出しているわけでもスポンサーでもありません。したがって、彼らの意見に「細やかに応えて」番組の変更を行うなどということは理にかなわないことです。

 番組は最初の趣旨に沿ってほぼ出来上がっていたにもかかわらず、次々に削除や変更が行われ、そのため制作をNHKとともに進めてきたドキュメンタリージャパンは責任をもてないとして、放映一週間前に制作から離脱し、すべてをNHKに渡しました。NHKはその後も改編を重ねたのです。長井暁プロデューサーによれば、 放映直前にはスタッフの反対を押し切ってカットが業務命令として行われ、その結果、時間的にも異常な短さになったとのことでした。

 これほどまでに番組改編に対して強い影響力を与えたものは一体何だったのかを私たちは問題にしているのです。

 また、長谷部氏は「経営委員の任命が両議院の同意を得て、内閣総理大臣によっておこなわれることになっているので、公金を支出するに足る『公の支配』はあると考える」とも述べています。しかし、「公金」とは税金であり、「公の支配」とは一体何を言うのでしょうか。

 長谷部氏は「究極の所で政治家に死命を制せられていることは、認めざるを得ない」と述べています。国会議員は国民により選ばれた人たちですが、公共放送の内容を支配する権限まで与えられているわけではありません。国会議員があくまでも国民あるいは市民のサーバントとして、市民の生活をよりよくするための使命をもって国会の場に送り出されているのです。決して「支配し支配される関係」ではありません。長谷部氏がいうように「現実を受け入れよ」という姿勢は、政権党がメディアさえも握ることができることを受け入れよと言っているに等しく、ファシズム的世界の到来さえも思わせるものです。

 私たちが、裁判を起こしたのは、事実を正確に伝えることを軽視し、そればかりか事実を無き物にしようとした報道のあり方に危機感を感じたからです。

 長谷部氏は論文の中で、内部告発したスタッフなど現場の担当者についてさえ批判しています。すなわち、編集権は現場担当者にはないので、「自分の考えで自由に番組を制作したいというのであれば、NHKを飛び出して、独立の番組制作者として活動すべきである」と言うのです。今回の問題は、現場に編集権があるかないかの法律の問題ではありません。西ドイツ放送協会の参加規程、とくの「指示権の行使」では、「指示権の行使は、スタッフの独立性と自発性を、正当な理由なく抑制してはならない」とあります。これは、番組制作局の管理職職員の責任の内容として、番組スタッフの「信条の自由の保護」が挙げられているところからきていると思われます。つまり、「編集権」以前に、憲法で保障されている「思想・信条の自由」が尊重されているところからきていると考えられます。それとは反対に、自らの魂を、一部の政治家すなわち権力を持つ政治家に売ってしまった上層部や経営者に従うことを、現場担当者に対する「思想・信条の自由」の尊重があってこそ、市民の「知る権利」は保障されるものです。

 長谷部氏の論理は、あたかも客観的で現実的であるかのような印象を与えてはいますが、実は権力を握るものはメディアさえも自由になるという、非常に危険なメッセージを送る文章であり、認めることはできません。

 私たちは、このような論文によりNHK及びメディアに介入した政治家を擁護した長谷部氏に対して強く抗議いたします。また、このような論文を記載した『世界』に対しても抗議致します。

 
 

2005年7月12日
 
VAWW-NETジャパン
共同代表:西野瑠美子、東海林路得子

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