ビルマの環境と開発問題

 本稿は、ニュースレター「アリンヤウン第23号」(2002年12月25日発行)より、5回にわたって連載します。

<執筆者プロフィール>
秋元 由紀: 米国弁護士。ビルマ情報ネットワーク(プロジェクト担当)。今年4月まで地球の権利インターナショナル(ERI)職員。人権侵害に加担した多国籍企業に対する訴訟の原告側弁護団に参加。


<目次>
   ・連載第一回(アリンヤウン第23号に掲載)
   ・連載第二回(アリンヤウン第24号に掲載予定)









ビルマの環境と開発問題・1

 秋元 由紀(米国弁護士)
 
 *「ビルマの環境と開発問題」をテーマに今号より5回にわたって連載します。
 1988年に権力を握って以来、豊富な天然資源を積極的に開発しようとする軍事政権は、ビルマの環境を持続不可能な速さで破壊してきた。一般に天然資源の豊富な国が天然資源を開発して歳入源とすることは珍しいことではない。しかし、ビルマではいくつかの要因から、環境破壊問題が殊に複雑で深刻なものとなっている。まず、軍政は開発から得た資金の大部分を教育や医療ではなく軍隊の拡大と権力の存続のために使ってきた。こうして購入された武器のほとんどは、本来軍が守るべきビルマ国民に対して用いられる。また、大規模な開発事業が行われる際に軍隊が事業地域に投入され、周辺住民に対して組織的な人権侵害を行う。事業の影響を受ける住民には事業に関する発言力がなく、生活や権利を守るために行動を起こすことができない。
 さらに、環境保護のための法的その他の規制がないか、あっても機能していない。このような状況により、開発事業によって環境が破壊されるだけでなく、住民の生活も大きな打撃を受けることが多い。本連載の前半では、ビルマの軍政が主導する開発事業が周辺地域に及ぼす悪影響について述べる。後半では、そのような開発事業に参加する民間企業の責任問題を検討する。二国間の政府開発援助や、世界銀行などからの開発融資などが本格的に始まった場合の問題点についても触れたい。

 豊富な天然資源ビルマは多様な天然資源に恵まれている。国土の大部分は密度の高い広葉樹で覆われており、その森やジャングルにはトラ、サイ、バク、大サイチョウ、そして象が生息している。宝石や鉱物、天然ガスや石油の豊富な埋蔵地がある。このように確実な財源になりうる未開発の鉱物資源や森林に加え、20世紀半ばには米の生産量も世界第2位だったことから、当時ビルマは東南アジア諸国の中でも経済的な見通しが最も明るいとされていた。ところが、今日のビルマは財政破綻に悩まされている。
 減り続ける海外投資源を補うため、軍政は国民の無償労働を活用すると同時に高級のチーク材などの天然資源の輸出を増やしてきた。広範な森林(特にチーク林)の伐採や天然ガスの採掘・輸送、採鉱などの大規模な開発事業が行われ、森林や生態系の破壊、水質の低下、そして、貴重な野生動物の密猟が起きている。資源を搾取することに重点が置かれ、環境を保護しつつ持続可能な開発をしようという努力はされていない。また、周辺住民が環境破壊によって生活基盤を奪われるだけでなく、事業に伴って駐留する軍隊に強制労働を課せられたり、無償で立ち退きを強要されたりすることもある。

 加速する森林伐採ビルマの国土の半分は森林で覆われている。1970年代から1980年代半ばまで、ビルマの森林伐採率は東南アジアで最も低かった。しかし、今日では材木はビルマの最大の輸出物だ。ビルマには地球上に残るチーク林の70%以上があり、国際市場上のチーク材の約80%がビルマ産であるとされる。ビルマからのチーク材の輸出量は過去数年間で急増した。
 全体的に見ると1988年以来、ビルマの森林伐採率は2倍以上になり、地球上のチークの木はあと一世代の間にほとんどなくなるだろうと推定されている。ビルマからの不法な材木の輸出もかなり増加し、ビルマは隣国タイが輸入する不法材木の70%を供給しているため、タイへの不法材木の最大供給国となっている。現軍事政権が権力を握るまでは、少数民族がタイ・ビルマ国境地帯の材木貿易を支配していた。軍政は先住の少数民族の土地に大規模な森林伐採権を設定し、外国企業に与えた。
 これらの伐採契約は、年間1億1,200万ドルにも上り、面積にすると18,800平方キロで、伐採地域はそれまでの3倍に拡大された。先住民族は環境への影響が少ない伐採方法を伝統的に採っていたが、外国企業は大きな機械を使い、被害の大きい皆伐や過剰伐採を行った。大きな機械が現場に入れるようにするには伐採道路の建設が必要となるが、この伐採道路の幅が必要以上に大きく、広い範囲で地面がむき出しにされ侵食されるようになった。また、伐採道路は小川に沿って走ることが多く、侵食により小川の急速な沈泥を引き起こした。
 野放図な道路建設や皆伐が降水量の多さや急な傾斜と相まって、急速な土地の侵食、乾期の水量の減少、そして洪水の増加を引き起こした。1990年代後半に非常に大規模な強制移住政策が実施されたシャン州中央部では、住民を移住させた後の森林の伐採が急速に進んでいる。産出される大量の材木は政府機関が買い取り、首都ラングーンを始めタイや中国に運送されていることがシャンの環境保護団体による最近の調査で明らかにされている。

 ダムによる環境破壊大型ダムは水力発電などを目的に建設されるが、川やその流域、水生態系に大きな影響を与える。大型ダムの建設・維持が取り返しのつかない環境破壊につながることも多い。例えば、森林や野生動物の生息地や種の喪失、貯水池域の水没による集水域の質の低下、水生物多様性や漁場の破壊、そして、ダム下流への栄養分の補給の減少などがある。植物の腐敗や集水域からの炭素の流入によって貯水池から温室効果ガスが発生することも考えられる。
 熱帯に建設される場合には、さらに下流の川床の侵食や水没する前の貯水池域の森林伐採、貯水池でのマラリア蚊の発生などがありうる。また、一本の川に複数のダムができた場合、水質や自然洪水、種の構成に累積的な悪影響が出る可能性もある。
 世界銀行と国際自然保護連合(IUCN)によって設置された世界ダム委員会は、2000年の最終報告の中で「ダムによる便益は多大なものであったが‥‥非常に多くの場合、このような便益を手に入れるために容認できない不必要な代償を特に社会・環境面で移転を強いられた住民、下流の地域社会、納税者、自然環境が負担してきた」との結論に達した。日本国内でも、発電用ダムの堆砂により川の流れが寸断され、洪水被害や漁業被害が出ていることが報道されている。
 国際的には、環境にそれほど悪影響を及ぼさない小型で地域規模のエネルギー事業に注目する傾向がある。自然環境を回復させるためにダムの使用が停止される例も出てきた。ビルマは大型ダムに替わる事業を進めているようには見えない。軍政は電力不足を補うために水力発電開発を積極的に行う政策を採っており、国内には建設が予定されている、または既に建設が始まっているダムが多数ある。ダム建設に関して環境を守るための規制・管理もほとんどなく、しかるべき施行もされていない。それだけでなく、ダム建設が行われる際には「警備のため」と称して軍隊が地域に投入され、軍のための強制労働や無補償の強制立ち退きなどが起きている。
 一例として、ここ数年で特に注目されるようになったタサン・ダム建設計画を見てみよう。

タサン・ダム建設計画タサン・ダムはビルマのシャン州南部を流れるサルウィン川に建設が計画されており、これまでに初期施工可能性調査と施工可能調査が行われた。タサン・ダムが特に注目を浴びたのにはいくつか理由がある。一つはダムの規模だ。建設されればタサン・ダムは高さが188メートル以上、水没面積が640平方キロと、東南アジアで最大のダムの一つになるとされている。また、現在ダムのない自然流として東南アジアで最も長いサルウィン川に架かる最初のダムとなり、完成すれば周辺の環境にかなり大きな影響を及ぼすと思われる。周辺住民の生活への懸念もある。
建設予定地域は先住のシャン人の住む土地にあるが、建設計画に関する意思決定に住民が参加することは一切認められていない。それどころか、初期施工可能性調査と施工可能調査の実施機関に周辺地域の軍の部隊が大幅に増え、多数の住民が強制労働や強制移住などの被害を受けた。タサン・ダム建設事業は一時期動きが止まっていたが、タイのMDX社が建設に関する覚書を軍政と近く取り交わす予定であることなどが報道され、建設作業が再び始まる方向であるようだ。
 (つづく)
 
 * 連載第一回の文章は、「軍政下のビルマでの環境破壊」(Burma Debate, Vol.8, No. 4)の一部を元に執筆したものです。この記事(脚注あり)は次のURLで読むことができます: http://www.jca.apc.org/burmainfo/econo/yuki-bd2002_jp.html (ビルマ情報ネットワーク)。
 また、ビルマでの森林伐採問題に関する詳しいレポートがGlobal Witness (www.globalwitnness.org)というNGOから近日発行される予定です。


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