(2) 2002年3月に和解解決の枠組みができたとはいえ,個々のケースが和解にいたる道のりはけっして平坦ではない。和解協議の過程では,被告企業側が,訴訟のレベルをもこえる厳密な資料の提出を求めるなどして,しばしば紛糾してきた。
とりわけ,2005年度に引き続いて2006年度も,いわゆる「ポシブル症例」をめぐって熾烈な議論がたたかわされた。加害企業ビーブラウンが,「ポシブル診断例はヤコブ病とは認められない」とか「罹病期間2年以上の症例はヤコブ病とは認められない」などと主張し,被害者の一部を切り捨てようとしたのである。
ポシブル診断例とは,ヤコブ病に特徴的な異常脳波所見(周期性同期性放電)を欠く症例のことであるが,そのヤコブ病診断を否定しようとするのは医学的にもまったくナンセンスなことである。
また,欧米に比べて日本の場合には,ヤコブ病患者が遷延性植物状態に陥ったのちの延命期間が比較的長いことが知られている。2年で切り捨てる医学的根拠はなにもない。
確認書調印とともに和解が成立した被害者9名のなかにはポシブル症例もふくまれていた。また日本では罹病期間7年のヤコブ病症例さえ報告されている。いまビーブラウンが主張している論点は,いずれもすでに訴訟の場でもさんざ論争を重ねたことであって,そういう論争の挙げ句に和解にいたった経過であった。まさに決着済みの議論の蒸し返しである。
被害者側は,専門家医師の協力もえながら,加害企業側の不当な攻撃を跳ね返してきた。
(3) 東京地裁で和解による解決をみた被害者は累計で55名(ただし,相続人の一部の和解時期がずれたケースがあるので,上記被害者数の合計とは合わない)になる。
東京地裁に提訴済みの被害者は63名である。和解解決にいたった比率は,漸く87パーセントをこえた。また,未提訴被害者の発掘についても,確認書調印後,とりわけ良心的な医師の協力をえて,かなりの数の被害者の発掘ができたと考えられる。
しかし,もちろん発掘しきれていない被害者がなお存在する可能性はある。また,ヤコブ病の潜伏期間は異常に長い(硬膜移植から発病まで20年をこえるケースもあり,角膜移植例では潜伏期間30年の報告例もある)ことから,今後の発症の可能性も否定はできない。完全救済にいたるのは容易なことではない。
(4) ひきつづき,未和解の被害者の和解救済,未提訴被害者の発掘に努力し,早期全面解決の実現に全力を尽くす所存である。