「立川自衛隊監視テント村への弾圧に抗議する法学者声明

 2004年2月27日、市民団体「立川自衛隊監視テント村」の市民3人が、自衛隊のイラ
ク派兵に反対するビラを配布するために自衛隊員の住む官舎へ立ち入ったとの容疑
で、住居不法侵入罪で逮捕され、さらに団体の事務所とメンバーの自宅等6箇所が家
宅捜索を受け、団体に関する書類やパソコンなどを押収されました。
 わたしたち法学者は、この事態が、市民の正当な表現活動を抑圧し、民主主義社会
を萎縮させるのではないかという危機感を抱いています。
まず、当該行為が刑法130条の住居侵入罪に当たるかどうかについて疑問がありま
す。
近代法は、「公」と「私」の領域を区切ることで、「私」の自由な領域を保護するこ
とを主要な任務としてきたのであり、本条の保護法益も、部外者の侵入を許さずプラ
イバシーの享有を期待できる区画された場所内の平穏な利用である、というのが通説
的見解です。ここで郵便受けは、私人が住居という本質的に私的な空間を確保しなが
ら、外から内部に向けて発せられる情報を受けとるために自ら設置した限定された空
間だと考えられます。つまり、それは、法によって遮断された「私」と「公」の領域
をつなぐための通路であり、外部との遮断を目的とするドアや門とは逆に、外に向
かって開かれた性質を持つものです。したがって、チラシを郵便受けに配布するため
に他人の敷地に立ち入ることは、「プライバシーの享有を期待できる区画された場
所」の「平穏」を害する行為にはあたりません。
当該行為が刑法130条の構成要件に該当しない上、今回の措置には別の目的があると
いうことを疑うだけの十分な理由になります。考えうるのは、イラクへの自衛隊派兵
に際して、市民と自衛官及びその家族との直接的接触を禁じることです。そうであれ
ば、これは、憲法21条で保障される表現の自由の問題になります。憲法21条は、市民
の間の自由なコミュニケーションは、正当な手段でなされる限り違法とされることが
ないことを保障しています。当該行為は、自衛隊のイラク派兵というそれ自体憲法上
疑義がある事態を憂慮する市民が、自衛隊員とその家族に対して、市民として共に考
えることを直接促すために行われたものであり、その手段も、ビラという通常の媒体
を使用して、郵便受けという外に開かれた空間にそれを投函したという極めて穏健な
ものです。つけ加えるならば、ビラの内容も、自衛隊員とその家族に対して「共に考
え、反対しよう」と呼びかけたものであり、その個人的法益を侵害するようなもので
はありません。自衛隊員とその家族は、市民としてこのような情報を受けとり、その
内容について自分で判断する権利があるのであり、「住居侵入」という通常考えられ
ない刑罰をもって両者のコミュニケーションを遮断しようというのは、法の明確性、
安定性、予見性を著しく害し、市民の間の自由なコミュニケーションを萎縮させ、ひ
いては民主主義というコンセプトを傷つける危険性を孕んでいます。
 さらに、このような正当な表現行為に対して、当該行為を行った市民団体のメン
バーの逮捕、拘束にとどまらず、市民団体の構成員の自宅の捜索、関連するパソコン
や書類の押収、という非常に強硬な手段が取られました。わたしたちは、ここで対象
とされているのは、ビラの投函という一個の行為ではなく、当該市民団体の活動その
ものであると考えざるをえません。もしそうであるならば、今回の措置は、結社の自
由という憲法の基本的価値を揺るがす事態であり、市民が自由に結合し、自由に意見
を表明できることでなりたっている民主主義社会に対して、深刻な傷を負わせる危険
性があります。
 以上のように、今回の措置には、自衛隊のイラク派兵に反対する市民団体を狙い撃
ちにし、その正当な表現活動を制限することに真の目的があると言わざるを得ませ
ん。表現の自由、結社の自由、身体の自由は日本が民主主義国家である限り、最大限
の価値がおかれるべきものです。わたしたち法学者は、今回の措置が自由な民主主義
社会の基礎を揺るがす深刻な事態と考え、一連の言論弾圧を行った立川警察署および
警視庁に強く抗議するとともに、三人の即時釈放を求めます。
                                      
   2004年3月3日 賛同者一同
声明発起人:石埼学(亜細亜大学・憲法)
賛同者(50音順)
愛敬浩二(名古屋大学・憲法)/足立英郎(大阪電気通信大学・憲法)/石川裕一郎
(麻布大学・非常勤・憲法)/石埼学(亜細亜大学・憲法)/市川正人(立命館大学
・憲法)/稲正樹(亜細亜大学・憲法)/井端正幸(沖縄国際大学・憲法)/植松健
一(島根大学・憲法)/植村勝慶(國學院大學・憲法)/浦田賢治(早稲田大学・憲
法)/遠藤歩(東京都立大学・民法)/大田肇(津山高専・憲法)/奥平康弘(憲法
学者)/小栗実(鹿児島大学・憲法)/小澤隆一(静岡大学・憲法)/北川善英(横
浜国立大学・憲法)/木下智史(関西大学・憲法)/君島東彦(北海学園大学・憲
法)/葛野尋之(立命館大学・刑事法)/小林武(南山大学・憲法)/小松浩(三重
短期大学・憲法)/木幡洋子(愛知県立大学・憲法)/近藤充代(日本福祉大学・経
済法・消費者法)/阪口正二郎(一橋大学・憲法)/佐々木潤子(金沢大学・税法)
/佐々木光明(三重短期大学・刑事法)/笹沼弘志(静岡大学・憲法)/清水雅彦
(和光大学・憲法)/杉原弘修(宇都宮大学・行政法)/高橋利安(広島修道大学・
憲法)/多田一路(大分大学・憲法)/只野雅人(一橋大学・憲法)/田村武夫(茨
城大学・憲法)/塚田哲之(福井大学・憲法)/豊崎七絵(龍谷大学・刑事法)/中
里見博(福島大学・憲法)/中島茂樹(立命館大学・憲法)/中島徹(早稲田大学・
憲法)/永山茂樹(東亜大学・憲法)/成澤孝人(宇都宮大学・憲法)/新倉修(青
山学院大学・刑法)/西原博史(早稲田大学・憲法)/根森健(新潟大学・憲法)/
松宮孝明(立命館大学・刑法)/水島朝穂(早稲田大学・憲法)/三輪隆(埼玉大学
・憲法)/元山健(龍谷大学・憲法)/山口和秀(岡山大学・憲法)/吉田省三(長
崎大学・経済法)/和田進(神戸大学・憲法)/渡辺洋(神戸学院大学・憲法)
                        以上51名
記者会見後の賛同者:長岡徹(関西学院大学・憲法)/上脇博之(北九州市立大学・
憲法)/飯田泰雄(鹿児島大学・経済法)/近藤真(岐阜大学)/増田栄作(広島修
道大学・民法)