(ニュース64号 2001/02/01)


市民のための法制度を

―― 阪神・淡路大震災の現場から ――

山村雅治

 

 二〇〇一年一月十七日で、阪神・淡路大震災被災地は丸六年を迎えた。もはや国の「首相」は来ず、神戸の「市長」は、「復興イベント」を六十億円もかけて「市長選」のときまで繰り広げ始めた。折りも折り、芦屋市の建設省出身のキャリア「助役」と「業者」が、被災地区の事業をめぐって収賄・贈賄の事実が明るみに出て逮捕された。いったい、これは何か。

 私は芦屋市民にして、自営業者。半壊の家をむりやり借金し修理して、住む。廊下は傾いたままだし、雨漏りがする部屋がある。職場があるビルはJR芦屋駅前にあり、震度7に直撃されて半壊。ビルの修理に半年かかった。この修理代も借金。修理中の期間は無収入である。しかし、被災者のこの状況は、被災地の事業者ならばいわば「ふつう」なのであり、私が特別な例であるとも思わない。ただ、月々の資金繰りで、遅滞なく返済していけるかどうか。その不安はだれにも共通してあるものだろう。国は破綻した金融機関は助けるけれども、破産した災害被災者は棄てるだけだからだ。

 そもそもが市民は棄てられていた。震災直後に国は他国からの救援の申し出を、医師団や救助犬の派遣を、「まず」断った。ドイツの領事館は在独日本人が演奏会を開いて得たドイツ人聴衆からの「義援金」を受け取らなかった。「日本は金持ち国であるから」というのがその理由だった。義援金の配分がやがて始まった。第一次配分は全壊世帯十万円、半壊世帯五万円というものだった。第三次までは覚えている。だんだんと年齢や所得の制限が設けられてきた。いちばん多く支給された世帯で三十数万円になったといわれる。

 そして、現金支給はそれで終わった。私は小田実さんの呼びかけで「市民救援基金」運動に参加していた。市民が市民を助ける、という運動だ。これを一年続けていても、国は義援金以上に被災者に現金の支給を始めないのだった。奥尻では義援金を中心にして全壊世帯は千四百万円配布された。阪神・淡路は被災者が多いから仕方ない、それに個人の財産の補償はできないし、だいいち、被災者に支援金を配布する法律がない\それが国のいいぶんだった。

 一九九六年三月、全壊五百万円、半壊二百五十万円の支給を要求する「阪神・淡路大震災 被災地からの緊急・要求声明」を小田実さんらと発表。五月、小田実、早川和男、伊賀興一、山村の四人で「市民立法」を発表。法律がなけりゃ作ればいいじゃないか。夏から賛同する国会議員を超党派であつめて「市民=議員立法」のかたちで運動を進め始める。

 何度東京へ行ったかわからない。デモをした。座り込みをした。集会を開いた。議員会館三棟の上から下まで、あらゆる部屋を回った。ある人とは喧嘩もし、失望もし、ある人とは意気投合し、「ない法律を作ろう」と怪気炎を上げた。これは、市民が揉み手をして「先生」に陳情するでもなく、怒りどなりあげる抗議でもなく、市民発案の法案を、議員が議会で作り上げていく、これまでにはなかったかたちの「市民=議員」の共同作業だった。そして、ほんとうに「超党派」。自民党から共産党から、被災地選出議員は「被災は党の問題ではなく、人間の問題である」ことを話さなくてもわかっていた。

 そして苦闘の末、一九九八年四月に成立したのが現行の「被災者生活再建支援法」だ。「ない」から「ある」に、ともかくは私たちはした。しかし、あいかわらず「福祉法」としての性格があり、所得と年齢の制限がきつすぎて、二重、三重のローンを抱える働く世代には当たらない。そして財源は地方自治体の持ち寄った公金であり、国は逃げたままだ。

 アメリカ合衆国はさすがに民主主義国家の国である。市民の生活の危機は民主主義の危機であるとみなし、ノースリッジ地震に際してFEMA(危機管理庁)を通じて連邦政府と州政府は最高二万二千二百ドルを直後ただちに配布した。日本が考えがちの「危機管理」 は別のことだと思われる。市民の生活を「危機」から救うことこそが、国のなすべき第一義の「危機管理」である。

 私たちはその後、新たな「市民立法」を考えた。まず「国の責任」を明らかにすることが芯にある。国からの援助がまずあり、その上に現行法のような地方自治体からの援助、さらにそれらに善意の市民からの義援金がある。そのかたちを作り上げないと、市民は安心してこの自然災害多発列島では暮らしていけない。

 二〇〇〇年は、多発した。有珠山や三宅島の火山噴火と地震。東海豪雨のヘドロの浸水。そして鳥取地震などなど。特筆すべきは鳥取県知事、片山善博さんが打ち出した「住宅復興補助金」だ。これは「被災者生活再建支援法」とは別ものの、鳥取県独自の決断だった。壊れた住宅を建て直す場合に、一律三百万円を支給する、という英断である。被災の程度や、補助を受ける住民の所得、年齢などいっさい問わない。唯一の条件が「もといた居住地域内」に家を建て直すことだ。

 この施策については波紋も広がったようだ。「自然災害であっても、住宅という私有財産の形成に税金を使うのは公共性に欠ける、というのが国の見解だ。阪神大震災以降、住宅再建に現金補助を認めるべきだと自治体側は要望しているが、国は否定的な立場を取り続けている」と鳥取の地元紙、山陰中央新報の「論説」は書く(二〇〇〇年十月三十日付)。さらに続ける。「しかし勇み足と言われながらも、被災者の立場を最優先させた鳥取県の考え方が、災害対策を一歩ずつ前進させるのではないか」。

 私もそう思う。片山知事はこういう。「仮設住宅を造ると三百万円くらいかかる。恒久的な資産形成ではない仮設なのに、造って、さらに金をかけて壊す。一方で、個人が自力で建てるのに三百万円を回すのはだめだという。何か変だ」(朝日新聞二〇〇〇年十月二十九日付)。そうだ。変だ。彼のいったことばは運動の過程で私たちも口にした。これが風穴になればいい。資産ではなく居住権としての「家」なのだ。

 今後の課題は山積みだ。「阪神」の諸都市では道路計画、再開発、区画整理などの犠牲になり「二度目の被災」−自治体による土地と家の接収−の悲鳴があがる。市民による立法制度の整備を含む「都市構想」を練り直さなければならない時期にきた。私たちのグループの二〇〇一年のはじめの集会は、それをテーマに行なった。興味のおありの方は、左記へご連絡を。

〒659‐0093 芦屋市舟戸町4‐1‐301 山村サロン
TEL 0797‐38‐2585/FAX 0797‐38‐5252

(やまむら まさはる・市民=議員立法実現推進本部事務局長)