入学式は新一年生が主役であり、卒業式は六年生が主役です。そのための、お祝いの言 葉や歌があり、会場の飾り付けが行われます。 「君が代」は、「天皇による日本国統治の世の中がいつまでも続きますように」という意味の歌ですから、天皇讃歌・天皇中心の歌です。だから、子どもが主役の行事には必要ないものです。 例えば、結婚式は結婚する二人が主役です。お祝いの席で、二人を祝福する歌やスピーチはありますが、「君が代」が流れるのを聞いたことがありません。また、お葬式では、関係する方々にはお気の毒ですが、亡くなった人が主役です。ここでも「君が代」が流れたのを聞いたことがありません。 個人で行う「式」だから自由だろう、と言う声が聞こえて来そうです。それでは、公教育に自由は必要ないのでしょうか。公教育だからこそ、自由の大切さを教えなければならないと思います。過去のあやまちを反省して、戦後の民主教育はそこから出発したはずです。 しかし、今、学校に自由がありません。そのよい例が入学式・卒業式です。公教育に名をかりた、精神的拷問の場となっています。好むと好まざるにかかわらず、入学式で一時間近く、卒業式では二時間以上、ステージ上の「日の丸」を見せられ、式の始めには起立して「君が代」を歌わされるのです。子どもたちも保護者も教職員も。 個人の内心の自由の領域に踏み込んできて、思想統制が行われているのです。 戦前の卒業式について、ある本から引用させてもらいます。 @天皇皇后の写真のおおいをはずす。(式の当日ステージ正面に奉安殿から 運搬して飾り、おおいでかくしておく。) A天皇皇后の写真に最敬礼を行う。 B「君が代」を歌う。 C学校長が教育に関する勅語を奉読する。 D学校長が訓話を行う。 と続き、そのほかにも ・儀式の初めと終わりには一同敬礼をする。 ・服装を整え容姿を正しくし、ま心をもって式に臨む。 ・校庭には国旗を掲げる。 「卒業式・六年生を送る会(家本芳郎編著)」より などとあります。 ステージ正面の天皇皇后の写真を「日の丸」に置き換えれば、戦前の式と今行われている式とが何と似ていることか。 北九州市に小中学校合わせて約二百校の学校がありますが、いずれの学校でも、この戦前の式と変わらないような卒業式が行われていると思うと、ぞっとするものがあります。 私が、教育委員会から受けた処分理由の中に、「上司である校長の命令に従わない…」とあります。その、「上司」について述べてみたいと思います。 教育者として尊敬され、教職員集団の温かい和を作り、働きやすい職場作りをしていくのが上司たる校長の努めのはずです。そうすることで、それぞれが自分の仕事に熱意をもっ て取り組み、お互いの信頼関係も生まれてくるものと思います。 しかし、自分の取り巻きの者には、組合員など気に入らない者の悪口を言って回り、自分の意に添わない教員は人事で異動させ、取り巻きだけで学校を運営しようとする、そういう意識や態度が、上司としてふさわしいのでしょうか。ふさわしいわけがありません。 私は、あと三カ月あまりで、就職してから二十七年目を終えようとしていますが、その二十七年間を振り返ってみますと、就職した頃には、職場に校長を初めとして人間的に魅力のある人が多かったように思います。 例えば、中村校長。私たちの意見をよく聞いてくれましたし、感情的にならず、自分の経験をふまえて議論に応じてくれたものです。そして、おかしいことはおかしいと言い、教職員の協力体制を大事にし、お互いの間に信頼関係が存在していたように思います。 校長室に引きこもらず毎日のように作業服姿で、アスレチック広場を作ったり、流水実験場を作ったりしていました。子どもたちの中にもよく入って行っていました。 校長と、当時は「通知表」と言っていたでしょうか、そのことで、子どもたちを五段階に振り分けることのおかしさや、何のための評価なのかについて、議論したことがありました。約一時間ほど議論した後、中村校長は 「よし、あんたの考えはよく分かった。今度、教育委員会に伝えておく。」 と言ってくれたのです。例えそれがその通りでなくても、とてもうれしかったことを、今になっても覚えています。 また、ある時 「校長会で、委員会の考えに対して意見を言うのは、自分とあと二、三人ぐらいしかおらん。みんな、委員会の言いなりや。」 と嘆いていたことがありました。 思えば、二十数年も前から校長たちはうなずき人形、委員会の操り人形だったのでしょうか。校長と長が付きながら情けない話です。 情けないと言えば、転任三校目の松ケ江南小学校のA校長と職場交渉をしていた時のことです。 「校長先生、あなたと教育委員会とのパイプは太くて流れがいいようだけど、私たちの意見、要求のパイプの方は細くて詰まっているんでしょ。」 と言うと、「その通りと思う。」と何の言い訳もせず答えました。 また、同じ松ケ江南小学校でこんなことがありました。今回被告の川原校長が校長室で昼寝をしていました。私が用事があって入って行くと、 「原さん、四十過ぎるときついやろ、管理職試験受けんかね。」 と言ってきたのです。 本当の話です。 学校長として学校の民主的運営や、相互信頼にもとずく協力体制づくりとかは、無縁のようです。きついから管理職になる、教育者としての信念も何も感じられません。ひとえに、本人の責任にしてはいけないのかもしれません。校長に昇任させたのは教育委員会なのですから。 この校長、私が、生徒指導主任会で 「荒れている学級があるので全教職員で対策を話し合っている。」 と発言したことが耳に入ったらしく、次の日 「あんたに煮え湯を飲まされた。」 と鬼のごとくの形相で怒ってきました。私は、てっきり委員会に報告していると思っていましたから、主任会で簡単に報告をしたのです。 都合の悪いことは隠し、荒れている学級の担任には何も指導できないでいて、自分の面子だけにはこだわるのです。 また、人事異動で、組合つぶしのため反組合の団体に所属する教員数名を入れてきました。 M教諭は前任校で五年の担任、しかもその学校には一年間しか在籍していない人。子どもに対する暴力もひどかったようです。教師用の大きな定規で子どもを叩いたりするために、不登校の子も出て、保護者からの抗議が来たりしていたそうです。 U教諭、三、四年生を受け持っても学級が荒れるので有名。それで、学級担任から外され、教務の仕事を三十歳過ぎからしていた人です。小学生に平和教育は全く必要ない、と発言した人でもあります。 T教諭、他校へ行くとわかると、在籍していた学校で喜びの歓声が上がったと言うことです。また、平和部で年間計画を話し合っているときに、 「この内容は組合の考え方なので、わたしは校長先生の考えに従います。」 と何の根拠もなしにそう言って席を立つような人です。 これらも本当の話です。 このような人たちをまとめて一気に転入させてきました。その結果、組合員は半減します。明らかに組合つぶしの人事でした。委員会は校長の言い分だけを聞いて、その後も、人事で恣意的な異動を次々と行ってきました。(私も、「原がいると、公務運営上支障を来す」と言う理由で他区へ無理やり異動させられました。) 私たちには、卒業式・入学式でたった四十秒ほど座っていただけで処分です。委員会や校長が言う「厳粛な雰囲気」をこわしてもいませんし、第一、座ったことにほとんどの人が気がつかなかったのですから。先にあげた、川原校長を初めM教諭らに委員会から指導があったとか、処分が出された(指導や処分を正当化する訳ではありませんが)と言う話は聞きません。それどころか、M教諭らは、今、いずれも管理職になっています。 これもまた本当の話です。 入学式、卒業式に関する最近の様子についてふれてみたいと思います。 まず 入学式について。 小学校に入って来る子どもたちを温かく迎え、学校は楽しいものだと思ってもらえるような入学式を、わたしたちは目標にしていました。 「心から温かく迎えるために」と一応管理職も言います。それでは、その中身はというと、いきなり「君が代」で始まるわけです。(実際、「君が代」の歌われている間に、新一年生は回りをキョロキョロ見回して、一体この歌は何だろうという顔をしている子が多いのです。)子どもたちの知っているような歌、楽しい歌で迎えてほしいと言うと、そんなことは考えてない、との答えが返って来ます。およそ温かく迎えるための発想などないのです。ただ「君が代」が式の中に入っていればそれでいいのです。なぜ、とその理由を聞けば、まともには何も答えられず、「職務命令です。」の繰り返し。 ステージ上は「日の丸」だけ。どこに、心から温かく迎えるための工夫があるのでしょうか。 卒業式の掲示物について。 卒業生に喜んでもらえるよう、五年生を中心にしてお祝いの掲示物を作成します。体育館のステージ上は畳何枚分もあるような大きな絵を掲げます。体育館の側面には、各学年からのお祝いの言葉と絵が壁一杯に飾られます。 忙しい時期ではあるけれど、卒業生に喜んでもらえるよう、みんなで知恵を出し合いながら、作り上げていきます。 卒業式の何日か前に、『卒業生とのお別れ会』がありますが、そのお別れ会から卒業式へと、絵は引き続いて体育館に掲示してあるのが当たり前でした。それでも、管理職は、ステージの大きな絵の上から「日の丸」を無理やりに張り付け、何とか委員会の命令通りにしようとします。絵と「日の丸」との組み合わせが、こっけいな物になっていることなどおかまいなしに。 丹精込めて作った絵も、次第に『お別れ会』だけとなり、子どもたちや教職員の気持ちを無視して剥がされることになります。ある校長など、「掲示物のゴミはじゃまになるからどけてくれ。」とゴミ扱いをしたのです。一カ月以上もかかって作った子どもたちや教職員の気持ちとか、卒業して行く六年生の思いとかは、全く顧みられないのです。 在校生の温かいお祝いの言葉や絵も何もない式場となり、あるのは、ステージ上の「日の丸」だけとなるのです。 職員会議等で、私たち組合員を中心にして、管理職側の提案に対しておかしいところや考え直してほしいことなどを追及するのですが、絶対に私たちの意見は取り入れられません。少しでも私達の考えを取り入れると、自分の首でも飛ぶかのように頑ななのです。 入学式・卒業式にふさわしいお祝いの歌やお祝いの絵や言葉、それらを拒否して、校長(委員会)は職務命令を出してまで「君が代・日の丸」を強行する、まるで軍国主義の時代へタイムスリップしたかのような感覚に襲われます。そのことに反対の声を上げると、見せしめにとばかりに、処分で脅しをかけてくるのです。 これが二十一世紀になろうかという時代に、教育の現場で行われていることなのです。 (C) 北九州「君が代」訴訟=ココロ裁判原告団 |