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インドネシアではスハルト政権時代、12月22日を「女性の日」(ハリイブ)と定
めていた。 近いところでは、1995年、国内にある70の女性グループを統括す るコープス・ワニタ・インドネシア(Korps
Wanita Indonesia)の代表クワニ (Kowani)は「インドネシアは国際女性デーの意義を認識してはいない。 しかしこれ
はインドネシアにある各々の女性グループの参加を阻害するものではない」と発言し ている。また98年の国際女性デーでの宗教の壁を越えた祈祷会は大きなターニング
ポイントとなった。
インドネシアにおける近年の経済危機と政変、そして国全体を覆う沈滞ムードは国民 の覇気を失わせつつあった。 そしてこの危機意識こそが、これまで宗教、民族、文
化、教育や、専門分野によって隔てられていた壁を打破する強さを女性に与えたのか もしれない。 98年3月8日、インドネシアの女性たちはイベントの1ヶ月に決定
し、密かにセルニ(インドネシア女性祈祷会)の名のもとに1カ所に集まり共に知恵 と平和のために祈った。 そこにはイスラム教、カソリック、プロテスタント、ヒン
ズー、仏教のへだてもなく、あるのは強い団結の精神だけだった。 これはインドネシ アの女性の歴史において、そして恐らく全女性の歴史においても画期的な事件であっ
たが、報道したのはわずか1紙だけだった。
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